について スース考古博物館
古いカスバの中にある博物館
チュニジアのスース考古学博物館は、メディナ南側のカスバの一部を利用しています。ここは単なる住所ではありません。城塞は9世紀半ばに築かれたとされ、塔からは旧市街と港を見渡せます。スースのメディナは1988年にユネスコ世界遺産に登録されました。博物館はその歴史的な街並みの中にある独立した見学施設で、スースとチュニジアのサヘル地方の遺跡から出土した品々を展示しています。
特に知られるのはローマ時代のモザイクです。チュニジアの文化遺産振興機関によれば、所蔵数はバルドー博物館に次いで国内第2位。現代のスースの地下にあった古代都市ハドルメトゥムの出土品に加え、エル・ジェム、エンフィダ、モクニン、テメトラ、ウジタなど海岸部の遺跡の作品も含まれます。古代港町としてのスースを知りたい人にとって、地域の考古資料から歴史に入ることができる場所です。
ハドルメトゥムから近代博物館へ
博物館の歩みは現在の展示室より古く、文化遺産振興機関は、最初の収集・展示の核ができた年を1897年としています。当初は市内の複数の場所に古物が集められ、その後、周辺の発掘でポエニ期・ローマ期のモザイク、石碑、大理石彫刻、陶器などが加わりました。施設の歴史には近代チュニジアの出来事も刻まれています。第二次世界大戦中の1942~43年、空襲によって旧博物館の三つの施設はほぼ全壊し、多くの展示品も失われました。
破壊後、残った資料はその後の発掘品とともに再編されました。1951年、考古学者ルイ・フシェらの尽力で、カスバ南部に新しい博物館が開館します。独立後は考古学者や研究者、修復・モザイク保存の専門家を育てる役割も担いました。2007~2012年には国立文化遺産研究所の監督のもと大規模な再整備が行われ、地下展示室の拡張、モザイクの修復、収蔵品の台帳整備や記録の見直しが進められました。
地中海世界をつなぐモザイク
ここにあるモザイクは、元の場所から運ばれた床飾りというだけではありません。海岸地方の人々の美意識、物語、暮らしの関心を伝えます。公式の紹介では、神話の場面や人物に加え、日常生活、慣習、信仰に関する題材が挙げられています。作品の多くは古代の沿岸属州ビュザケナから出土し、ローマ帝政期、とくにセウェルス朝の時代からビザンツ期までを扱います。地域の伝統を地中海全体の歴史と結び付けて見る手がかりになります。
中心となる地名はハドルメトゥムです。古代都市は現在のスースの場所にあり、市内と周辺の発見が博物館の物語を支えています。館内にはローマ帝政期の大理石彫刻や、エル・ジェム、エンフィダなど周辺遺跡の品もあります。ただし、公式ページは主題や出土地を大きく紹介しており、名前の挙がった品が常時すべて展示されるとは限りません。展示は入れ替えや保存作業で変わることがあります。
ポエニ文化と古代の埋葬
展示はローマ時代以前にもさかのぼります。ポエニ期・フェニキア期の資料には陶器のほか、スース周辺の墓から見つかった副葬品が含まれます。文化遺産振興機関は、石碑、骨壺、石製の奉納品などを挙げています。こうした資料は、ハドルメトゥムと周辺社会がローマ支配の前後に地中海の交流網にどう関わったかを考える手がかりです。単純な文明交代ではなく、接触や継続、変化の痕跡が見えてきます。
この歴史的な広がりがあるため、博物館はメディナ散策とよく組み合わせられます。外ではカスバの防御的な立地と旧市街の街並みを眺め、展示室では小さな遺物や大きなモザイクから、暮らし、交易、信仰、死者の記憶を読み取れます。公式案内は、見学の最後にカスバの庭を歩き、メディナと港を見渡すことも紹介しています。展示品と、それらを生んだ都市の風景を一つの訪問で結べるのが魅力です。
開館時間、入館料、訪問の準備
チュニジアの文化遺産振興機関が現在掲載している時間は、冬季9時~17時、夏季9時~18時、ラマダン中9時~16時で、月曜日は休館です。入館料は居住者5チュニジア・ディナール、非居住者10ディナールと案内されています。これは機関のページに掲載された情報で、臨時変更がないことまで保証するものではありません。祝日やラマダン、修繕期間の訪問前には最新のお知らせを確認してください。
同じ公式案内にはトイレ、ショップ、カフェテリア、エレベーター、駐車場が記載されています。メディナのカスバ内にあるため、入口を探す時間や周辺の旧市街を歩く時間も見込んでおくとよいでしょう。チュニジア国立文化遺産研究所の博物館一覧にもスース館と連絡先が掲載されています。メディナ、リバート、大モスクと同じ日に巡ることもできますが、それぞれの施設で入場条件や時間が異なります。地域から出土した資料でサヘルの歴史の層を伝えることが、この博物館の大きな価値です。