について ツォルフェアアイン炭鉱業遺産群
エッセン北部に広がるツォルフェアアインで最初に感じるのは、その大きさだ。鉄製の立坑櫓、れんがの工場棟、かつてのコークス工場の長い建物が、産業景観の中に連なる。ここは写真映えする炭鉱がひとつあるだけの場所ではない。石炭を採掘し、処理し、運ぶために築かれた複合施設である。採掘は終わったが、廃墟として時間が止まったわけではない。歴史的建物には博物館、展示、ツアー、企業が入り、公開された道から施設の全体像を見られる。地域を変えた石炭産業と、その遺構を文化・公共空間として守る選択という二つの転換が、この場所の物語だ。
エッセンを変えた炭鉱の建設
ツォルフェアアインの歴史は1847年に始まる。産業の先駆者フランツ・ハニエルがエッセン北部で最初の立坑を掘らせた。採炭は1851年に始まり、運営財団の記録によると初年度は1万3,000トン、1890年には100万トンを生産した。拡大に伴って新たな立坑地区が加わる。1851年から1986年の閉山までに、約2億4,000万トンが採掘された。最盛期には地上と地下で最大8,000人の鉱山労働者が交替勤務し、炭鉱は周辺の住宅、サービス、地域社会と結び付いていた。
最も知られる第12立坑は、合理化された中央炭鉱として1928年から1932年に建設された。建築家フリッツ・シュップとマルティン・クレマーは、建物の形、作業の流れ、機械を一体として設計した。財団によれば操業は1932年2月1日に始まり、大規模で自動化の進んだ工程を目指した施設は、当時世界最大・最高効率の炭鉱と評された。有名な双頭式の立坑櫓は高さ約55メートル。鋼鉄とれんがの整然とした巨大な造形は工業の近代性を象徴するが、その生産を支えた労働と危険を忘れてはならない。
炭鉱とコークス工場は関連していたが、別の操業施設である。中央コークス工場は1961年、第12立坑の隣で稼働を開始し、石炭を重工業向けのコークスや副産物に加工した。ツォルフェアアインの公式史によれば、工場は1970年代に拡張され、炭鉱閉山後も操業を続け、敷地最後の生産施設となった。炭鉱は1986年12月23日、コークス工場は1993年6月30日に閉鎖された。この日付を分けて知ると、世界遺産に立坑施設だけでなく大規模なコークス工場が含まれる理由が分かる。産業の工程は坑口で終わらなかった。
労働の仕組みを見せる建築
ユネスコは2001年、ツォルフェアアイン炭鉱業複合施設を世界遺産に登録した。範囲には第12立坑、創業期の1/2/8立坑地区、コークス工場が含まれ、有名な立坑櫓だけを指すのではない。ユネスコは、坑道、処理、輸送、ボタ山、関連施設を含む歴史的炭鉱の全体的な基盤と、優れた近代建築を評価している。登録は技術史と建築の両方を認めたものだ。現地ではひとつの記念碑ではなく、産業景観を支えた設備と動線のネットワークとして見ることが大切である。
シュップとクレマーによる第12立坑の設計には、近代運動と工場の機能性が反映されている。鉄骨、規則的な格子、連絡橋、ベルトコンベヤーをたどると、石炭が地上へ引き上げられ、選別され、運ばれ、次の工程へ備えられた流れが見えてくる。秩序ある構成は、ツォルフェアアインが特に印象的な炭鉱と評される理由のひとつだが、機能と結び付けることで建築の意味が深まる。立坑櫓から選炭工場への動線、機械棟の規模、コークス工場が産業軸を延ばす様子に注目したい。ここでは建築は生産と切り離されず、生産を組織していた。
社会の広がりは、柵で囲まれた産業の中心だけにとどまらない。ユネスコの記録は炭鉱施設全体を扱い、財団はツォルフェアアインが主要な雇用先だったことを紹介する。労働者住宅、交通路、福祉施設、地域のサービスが操業とともに発展した。したがって歴史は鉄骨の見学だけではない。雇用、移住、仕事の習慣、エッセン北部の地区が変わった過程も記録している。1986年と1993年の閉鎖は生産の終わりだけでなく、何世代にもわたり産業を中心に暮らしてきた地域にとって、困難な構造転換の始まりでもあった。
新たな用途で保存する産業遺産
炭鉱閉鎖後、選択肢は建物を空のまま残すか、取り壊すかだけではなかった。1990年代に保存と転用が始まり、2001年に世界遺産へ登録された。財団が説明する現在の方針は適応的再利用だ。建物は形や相互関係を保ちながら、文化、デザイン、教育、観光の用途を担う。石炭生産が続いているかのように見せず、当時の機械や空間を見える状態にする転換である。ツォルフェアアインは、産業遺産が公共生活と地域の新たなアイデンティティを支える資源となった、ルール地方の構造転換を示す例でもある。
現在、旧選炭工場にはルール博物館と来訪者向け施設が入り、敷地内にはレッド・ドット・デザイン・ミュージアム、展示、催事、企業もある。ルール博物館の常設展は、地域の自然、文化、産業の歴史をたどり、炭鉱の機械だけではない視点を与える。モニュメント・パスのガイドツアーでは、屋外散策だけでは分かりにくい建物や解説に触れられる。各施設は営業時間、料金、対応言語が異なるため、無料の屋外散策をするのか、博物館に入るのか、産業ツアーを予約するのか、訪問前に決めて情報を確認したい。
ツォルフェアアイン訪問の計画
ツォルフェアアイン財団の来訪案内によれば、屋外の敷地はいつでも無料で入場できる。ルール博物館は毎日午前10時から午後6時まで、12月24日、25日、31日は休館と掲載されていた。常設展と産業遺産ポータルの一般料金は10ユーロ、割引料金は7ユーロ。時間や料金は変更されるので、旅行日に合わせて再確認しよう。財団の英語ページにはガイドツアーや来訪者サービスも載るが、言語や出発時刻は季節により異なる。希望の言語やルートがある場合は事前予約が安心だ。
公共交通機関でも訪れやすい。財団は107番トラムのZollverein停留所と、183番バスのKohlenwäsche停留所を案内している。到着後は写真だけ撮って帰る予定より、長めに時間を確保したい。敷地は広く、文化施設や職場として使われる建物もあり、通常の入場券ですべての内部に入れるわけではない。産業道路を歩くため、歩きやすい靴が役立つ。採掘設備、コークス工場、地域を動かした人々の労働、歴史的建物を使う現在の施設をひとつの景観として見ると、ツォルフェアアインの魅力が伝わる。鉱山生活を再現した舞台ではなく、石炭の先の未来へ適応する本物の産業複合施設なのだ。