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フォート・ジーサス

モンバサのフォート・ジーザスを解説。ルネサンス要塞の構造、ポルトガルとオマーンの攻防、英国期、世界遺産の価値を紹介。

座標: -4.062903, 39.679648 更新日: 2024-01-29 Google ストリートビュー

について フォート・ジーサス

フォート・ジーザス――モンバサの海を見守った要塞

フォート・ジーザスは、ケニアのモンバサ島にあり、港町の旧港を見下ろす要塞である。ポルトガル語ではForte Jesus de Mombaçaと呼ばれる。イタリア人ジョヴァンニ・バッティスタ・カイラーティが設計し、ポルトガル王フェリペ1世の命により1593年から1596年に建設された。旧港を守り、インド洋交易におけるポルトガルの影響力を支えることが目的だった。

スワヒリ海岸に築かれたルネサンス要塞

設計にはルネサンス期の軍事建築の考え方が取り入れられた。上空から見ると平面は人の身体を思わせ、ほぼ正方形の四隅に稜堡が配置されている。ヨーロッパの防御設計に、スワヒリ海岸の石積み技術、建材、労働力が組み合わされた。サンゴ石と石灰モルタルもこの土地の環境を映している。

そのため、この要塞は単なるポルトガルの軍事施設ではない。アフリカ、アラブ、ヨーロッパの人々が地域交易をめぐって交流し、衝突した歴史が壁に刻まれている。

包囲戦と支配者の交代

1631年から1895年までに、フォート・ジーザスは少なくとも9回、占領と奪還を繰り返した。1631年にポルトガルはモンバサのスルタン、ユースフ・イブン・アルハサンに要塞を奪われたが、翌年に奪還して防備を強化した。

とりわけ有名なのが1696年から1698年まで続いたオマーン勢力による包囲である。陥落はこの海岸におけるポルトガルの継続的支配の終わりを告げた。ポルトガルはスワヒリ都市国家の支援を得て1728年から1729年に短期間再占領したものの、その後は地域勢力の統治下に置かれた。1837年には再びオマーンの支配に入り、兵舎として利用された。

1895年、イギリス東アフリカ保護領の成立に伴って英国の管理下に入り、監獄へ転用された。異なる支配者による改築と用途変更が、複数の時代の痕跡を現在に残している。

保存と世界遺産登録

フォート・ジーザスは1958年に国立公園に指定された。2011年には、16世紀ポルトガル軍事要塞の傑出し、保存状態の良い例の一つとしてユネスコ世界遺産に登録された。ルネサンス建築としての価値に加え、インド洋史における役割が評価されている。

見学で注目したいこと

城壁、中庭、稜堡をたどると、ポルトガルの進出、地域社会の抵抗、オマーン支配、英国植民地期というモンバサの歴史を一つの場所で読み解ける。開館時間、料金、入場条件は変更される可能性があるため、訪問前に施設とケニアの文化財当局が発信する最新情報を確認したい。