について プニュクス
プニュクス――アテネ市民が議論を民主政にした場所
アクロポリス西の岩山に、古代世界で最も重要な政治空間の一つが残る。市民集会エクレシアが政策を論じ、一部の役職を選び、戦争、財政、公共事項を採決した。斜面を整えた野外集会場、演壇、改築痕だけの簡素な遺跡だが、王宮ではなく市民が市民の言葉を聞くための場だったことこそ魅力だ。
紀元前6世紀末~5世紀初頭、クレイステネスに結びつく政治制度の発達とともに利用が始まった。向きと規模は何度も変わり、岩を削ったベーマが設けられた。ペリクレスやデモステネスの演説で知られるが、遺構は複数時期に属する。
野外の政治遺跡
劇場と違い、市政のための施設だった。参加は男性市民に限られ、女性、奴隷、在留外国人は政治から排除された。直接参加の重要な制度であっても、現代的な普通民主政ではない。演壇が最も明瞭で、切石、基礎、擁壁は時期が異なる。丘からは政治・宗教・商業中心地の近さも見える。
見学案内
フィロパポスの丘、Apostolou Pavlou、ティシオ方面から徒歩で入る。通常無料だが、火災危険、保存工事、催事で閉鎖することがあるためギリシャ文化省を確認する。岩場は凹凸があり雨後は滑り、日陰も少ない。水、帽子、滑りにくい靴、3期の配置図が役立つ。
45~75分を取り、古代アゴラと組み合わせたい。柵と考古面を守り、段差のないアクセスは限られる。プニュクスは完全で平等な民主政ではなく、説得、共同決定、政治的対立が日常の市民行為となった場所を伝える。