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リ・ムーリ墓地

アルツァケーナ近郊のリ・ムリを紹介。五基の新石器時代墓、緑色滑石の杯、年代をめぐる新たな考古学的解釈を解説。

座標: 41.0701478, 9.3215755 更新日: 2026-10-03 Google ストリートビュー

について リ・ムーリ墓地

ガッルーラの花崗岩地形に築かれた五基の墓

リ・ムリは、サルデーニャ島ガッルーラ地方、アルツァケーナの田園部にある小規模な先史時代の墓地遺跡です。低い丘に囲まれた開けた場所は見過ごされがちですが、墓の配置は島内でも珍しい特徴を残しています。全体は五基の墓からなり、そのうち四基は立石を円形に並べて囲み、残る一基は小さな回廊墓です。壮大な都市遺跡でも大規模な地下墓地でもなく、景観と合わせて読み解く墓域です。

四つの石の円環は直径約5.3~8.5メートルです。立石は土と小石で築いた墳丘の範囲を定め、その下に石板の墓室がありました。墓室には地元の花崗岩が使われています。小さな石室には個人が葬られた可能性が考えられていますが、残る骨の資料は限られます。後から造られた五基目は、短い通路の先に墓室を設けた構造で、以前の円環の場所を再利用し、遺跡に別の時期を加えました。

円環に関連する空間から、小さな石箱も見つかりました。サルデーニャ州の文化遺産案内は、死者への食物を周期的に供えるために用いられた可能性を示します。これは根拠のある解釈ですが、現地で直接確かめられる事実でも、器物だけで証明できる事柄でもありません。円環に組み込まれたメンヒルは、墓の標識や守護像だった可能性があります。こうした説明は配置を理解する手掛かりとなる一方、先史時代の信仰は文字記録ではなく物質資料から復元されることを教えてくれます。

考古学的年代を見直すきっかけとなった出土品

リ・ムリは1939年に発見され、サルヴァトーレ・プリージが1939~40年に発掘しました。出土品には土器、燧石の刃、石斧、玉類、そして石室から出た特徴的な緑色滑石の杯があります。その形と作りは、サルデーニャ島の他の新石器時代資料との比較で重要になりました。少数の骨片と赤色顔料の痕跡を持つ小石も記録されましたが、資料が少ないため、葬送儀礼や顔料の使い方を完全に復元することはできません。

研究の進展に伴い、遺跡の文化的な位置付けも変化しました。長い間、石の円環は「アルツァケーナ文化」または「巨石円環文化」を定義する材料とされました。その後、紀元前3200~2800年ごろとされるサン・ミケーレ、すなわちオツィエーリ文化のガッルーラ地方型と解釈されました。現在、サルデーニャ州の文化遺産案内は、緑色の杯が紀元前3400~3200年ごろのサン・チリアーコ様式の土器に似るため、同じ文化的段階に帰属させる傾向を紹介しています。

この説明は現在の研究傾向として扱うべきで、すべての墓に対する確定的な年代ではありません。考古学上の分類は遺物や慣習を比較する道具であり、名称の付いた集団が同じ年に全ての建造物を築いたという意味ではないのです。リ・ムリの価値は、先史時代のガッルーラの地域性、交流、葬送慣習について、出土品が今も問いを投げかける点にもあります。一つの遺物を詳しく比較することで、よく知られた文化名が見直される過程をたどれる場所です。

石の円環が示す埋葬と交流

最初に目を引くのは石の円環です。単なる装飾的な輪郭ではなく、慎重に置かれた石が墓室を覆う墳丘を支えていました。四つの円環は互いに接するか、非常に近い位置に並び、ばらばらの墓地ではなくまとまりをつくります。小さな石箱と立石も、死者のための空間が何度も意識的に整えられたことを示します。儀礼上の正確な役割は不明ですが、墓域が計画的に区画されたことはうかがえます。

発見された骨が少ないため、誰が埋葬されたのか、墓が再び開かれたのか、儀式がどのように進んだのかを断定することはできません。一方、緑色滑石の杯、石の玉、燧石の道具、磨製石斧は、死者に添えられた素材や品を示す証拠です。サルデーニャ州の案内は、サン・チリアーコ様式や地中海の広い交流圏との類似を指摘します。こうした比較は接触や共有された形式を示唆しますが、単一の外来集団が墓地を築いたことを証明するものではありません。

「ユネスコ」という言葉が出るときも、リ・ムリについては正確な説明が必要です。2025年、世界遺産委員会は連続資産「サルデーニャ先史時代の葬送伝統――ドムス・デ・ヤナス」を登録しましたが、その決定では提案された構成資産の一つとしてリ・ムリ墓地を明確に除外しました。遺跡は重要なサルデーニャの考古遺産ですが、この世界遺産登録には含まれません。島の先史時代の墓制は多様で、登録名称にある岩窟墓だけではないという違いを知ることも大切です。

見学方法と周辺遺跡の組み合わせ

墓地はアルツァケーナから約9キロの場所にあります。ルオゴサント方面の州道SP14、またはバッサクテーナ方面のSP115を利用します。巨人の墓リ・ロルギは約1キロ先にあり、一度の外出で異なる先史時代の墓制を比べられます。道は市街地ではなくガッルーラの田園地帯を通るため、交通手段を先に考え、公共交通が入口まで来ると決めつけず、現地案内に従ってください。

サルデーニャ州文化遺産ページの更新日は2026年5月19日です。掲載時間は10月から4月が火曜~日曜の10時~16時、5月から9月が毎日10時~19時30分。入場は有料とありますが、確認したページには料金の記載がありません。ガイド付き見学がサービスとして掲載され、問い合わせ先は archeologia@gesecoarzachena.it、電話は +39 0789 83401、+39 345 7200094、+39 333 4282607 です。料金、予約、祝日の変更を出発前に直接確認しましょう。

石環、墓室、周囲の地形の関係は、立ち止まって複数の角度から見ると分かりやすくなります。柵を守り、石を動かさず、墓の構造物に上らないでください。歩く距離は短くても、考古学的な意味は大きい場所です。リ・ムリを単に「最古の遺跡」と呼ぶのではなく、丁寧に築かれた墓の景観として眺めることで、数十年の比較研究を通して年代と文化的背景の理解がどう精緻になったかが見えてきます。