について Amphiaraeion of Oropos
オロポスのアンフィアライオン:神託と治癒を求めた古代聖域
オロポスのアンフィアライオン(ギリシャ語:Άμφιαρείον Ωρωπού)は、アッティカ地方の丘陵地にあり、古代オロポスの要塞港から南東へ約6キロの場所に位置します。紀元前5世紀末に英雄アンフィアラオスへ捧げられた聖域で、巡礼者は神託と治癒を求めて訪れました。
建築活動が活発だったことから、聖域は紀元前4世紀に大きく繁栄したと考えられています。神話上のアンフィアラオスは予言者メランプスの子孫で、テーバイ攻めが破滅を招くと予見し、当初は参戦を拒みました。伝承によっては、大地が開いて戦車ごと彼をのみ込み、地下世界に結び付く英雄になったとされます。
聖なる泉を中心とした空間
遺跡は現在、アッティカ地方オロポス市のマルコプロ・オロプの東、アテネから北北東へ約37.2キロの地点にあります。聖なる泉のそばに、木と石を組み合わせた礼拝像を安置したアンフィアラオス神殿、劇場、ストア(列柱廊)などが設けられていました。
聖域は神殿から涸れ川に沿って北東へ約240メートル延びていました。公的・私的な性格を併せ持つ信仰は紀元前5世紀にさかのぼります。同世紀末にアテネを襲った疫病の時期、治癒の場としての名声が高まりました。
神託、奉納品、遺構
ヘロドトスによれば、リュディア王クロイソスが各地の神託所に課した試験で、ここの神託は正しい答えを返したわずか二つのうちの一つでした。ギリシャ人や著名なローマ人などが多くの奉納品を残し、その多くには碑文が刻まれていました。川床の南東側には広範な居住関連遺構に加え、保存状態の極めて良い水時計も残されています。
アンフィアレイア祭
毎年行われたとみられる祭礼のほか、5年ごとに大アンフィアレイア祭が開かれ、運動競技が催されました。紀元前5世紀末から4世紀初頭の二つの浮彫は、この競技祭を伝える最古の資料とみられます。また、紀元前338年以前にさかのぼる優勝者名簿の碑文もあります。
アンフィアラオスは南東約17.5キロのラムヌスのほか、アテネ、アルゴス、スパルタなどでも信仰されました。アンフィアライオンの祭祀は、テオドシウス帝の勅令によって非キリスト教の礼拝が禁じられた4世紀末に終わりました。
アリストパネスの喜劇
紀元前414年、アリストパネスは喜劇『アンフィアラオス』を上演しました。作品そのものは失われましたが、引用として残った断片が伝わっています。