ハルキウはウクライナ北東部の歴史的地域、スロボジャンシチナの行政中心です。市がウクライナ語で公開する歴史資料は、コサックの集落から産業・文化・科学の拠点へと成長した過程を紹介しています。多くの旅行サイトが今も掲載する古い人口統計を繰り返すより、街を形づくった機関や都市の性格に注目する方が適切です。戦争によって住民が移動しており、以前の統計を現在の数値として扱うことはできません。今のハルキウを語るには、ロシアの侵攻がもたらす危険も無視できません。
教育都市としての転機は1805年でした。教育者ヴァシーリ・カラジンの働きかけでハルキウ大学が開学し、市はこれをウクライナ初の大学と説明しています。大学は学術団体の中心となり、教員、学生、研究者を集めました。その後の教育機関も知のネットワークを広げます。ハルキウは工場だけの街ではありません。研究室、教室、出版、公共の議論も、ウクライナ東部の社会と文化を形づくってきました。