「死者の町」は、アラビア語でアル・カラーファと呼ばれるカイロの歴史的墓地群です。モカッタム丘陵の麓、カイロ城塞の北側と南側に複数の墓域が広がり、一つの墓地や単一の地区を指す名称ではありません。墓、聖廟、モスク、マドラサが何世紀にもわたって形成され、その一部は1979年登録のユネスコ世界遺産「カイロ歴史地区」に含まれます。
南の墓地は7世紀に築かれたフスタートの歴史と結び付き、北の墓地にはマムルーク朝時代の重要な建築群が残ります。13世紀から15世紀にかけて、スルタンや有力者は旧市壁の外に、墓廟、礼拝、教育、慈善機能を組み合わせた複合施設を建てました。石造ドーム、ミナレット、公共の給水施設、彫刻された門が独特の都市景観を形づくっています。