キーウの黄金の門は、ウクライナの首都の歴史地区に残る中世の遺跡で、聖ソフィア大聖堂の近くにあります。英語名が同じでも、カリフォルニアのゴールデンゲート海峡とは別の場所です。キーウでは上町の防御施設の一部であり、陸路から市内へ入る主要な門でした。遺構とヴォロディミル通り40A番地の保護パビリオンを訪ねると、現代の街並みから初期キーウの都市規模を想像できます。博物館は「キーウの聖ソフィア」国立保護区が管理し、建物の脇には小さな公共広場があります。
この遺跡は一般に11世紀前半のものとされ、ヴォロディミル公やヤロスラウ公の時代に発展したキーウと結び付けられています。市の観光案内は1017~1024年という年代を示し、保護区は11世紀第1四半期の建設と説明しています。中世の年代記と考古学調査が歴史の枠組みをつくりますが、現存する建築は断片的です。したがって年代や復元図は、建築記録が完全に残っているという意味ではなく、研究に基づく解釈として受け止める必要があります。名称はコンスタンティノープルの著名な黄金の門を想起させますが、キーウの門がそう呼ばれた正確な理由は確定していません。