について サクレウ遺跡
サクレウ――西部高地のマム・マヤ首都
サクレウはウェウェテナンゴ郊外、渓谷とセレグア川に囲まれた防御的台地にある。元のマム語名はChnab’jul、後のキチェ語Saqulew/Zaculeuは「白い土」の意。長い居住の後、後古典期マム首都となった。
Q’umarkajからの征服後キチェの影響が現れたが、マムは独自中心を保った。1525年、ゴンサロ・デ・アルバラード軍と先住民同盟者が包囲。伝承上Kayb’il B’alamが率いた守備側は飢餓で降伏した。スペイン暴力と競合する先住民政体の参加をともに認識すべきだ。
広場、神殿、20世紀復元
儀礼中心に密な広場、階段神殿、宮殿基壇、約48メートルの沈床球技場。第1建造物が主広場を支配する。異常に白い石組みはUnited Fruit Companyが1946~49年に支援した大規模再建・被覆で、手つかずの先スペイン期材と区別する。
1949年の博物館は陶器と発掘品を展示するが古い説明は批判的に読む。全広場を歩き、公式公開建物だけ登り、柵を越えず白面を傷つけず、館の開館を確認する。
現行時間・料金
文化省は月~日曜8~16時、グアテマラ人Q5、外国人Q50。臨時閉鎖を確認。中心西約4キロで道路、タクシー、地域交通を使う。水、食事、次の交通は保護中心外で手配する。
現代マム共同体は遺跡の遺物ではない。言語、服装、儀式を尊重し人物撮影は許可を得る。古代居住、首都、包囲、復元国定遺跡の層を保てば、マムの存続とグアテマラの過去表象が見える。