について ディール・エル=メディナ
デイル・アル=マディーナはエジプト・ルクソールのナイル西岸、新王国時代に王墓職人のため設けられた集落である。古代名はSet Maat「真理の場所」、住民は「真理の場所の奉仕者」と呼ばれた。第18~20王朝に王家の谷と王妃の谷の墓を掘り、装飾した人々だ。村、家族墓、神殿、膨大な文字資料が一緒に残り、古代の専門職共同体を最も詳しく研究できる場所の一つとなった。
城壁内では狭い通りに住宅が密集し、前室、生活区、貯蔵、祭祀空間を読める。住民は石灰岩片や土器片に賃金、欠勤、貸借、結婚、紛争、手紙、文学を書き残し、職人を無名の建設者ではない個人として伝える。ラメセス3世期には穀物給与の遅配が集団作業停止を引き起こし、文字で確認できる世界最古級の労働ストライキとして知られる。
村西側の墓地は職人家族のもので、小規模でも壁画の色が鮮やかだ。Sennedjem、Inherkhau、Pasheduなど公開墓の組合せは保存上のローテーションで変わり、特定墓が通常券に常時含まれるとは限らない。近くのプトレマイオス期ハトホル神殿は後にキリスト教施設へ転用され、アラビア語名「町の修道院」の由来となった。1979年登録世界遺産「古代都市テーベと墓地遺跡」の一部でもある。
エジプト公式電子券サイトは現在、毎日6時開場、最終入場17時とし、閉場1時間前までの到着を勧める。購入項目にはDeir El MedinaとPashedu墓があるが、開いている墓、料金、共通券は変わるため公式サイトか西岸券売所で確認したい。個人の携帯電話撮影は通常無料。学生割引は有効証明書が必要で24歳以下に限られ、狭い墓室は人数制限もあり得る。
ルクソール東岸から川を渡り、タクシー、貸切車、ツアーで西岸へ向かう。日陰が少なく早朝が歩きやすいので、水、帽子、日焼け対策を用意する。墓内で壁画に触れず、フラッシュを使わず、壁にもたれず、狭い通路を塞がない。彩色墓だけでなく、住宅と文書史を結ぶと、王墓を設計した人々の仕事、配給、家族、日常の争いまで見えてくる。