写真で見る私たちの世界の驚異

モヘンジョダロ

計画的な街路や井戸、「大浴場」を通してモヘンジョダロを歩き、塩害・排水・洪水に向き合う保存活動を知る。

座標: 27.3242933, 68.135689 更新日: 2026-10-03 Google ストリートビュー

について モヘンジョダロ

インダス川沿いに栄えた大都市

パキスタンのシンド州、インダス川右岸にあるモヘンジョダロは、南アジアを代表する青銅器時代の都市遺跡です。ユネスコ世界遺産センターによると、ラルカナから約28キロ、カラチから北東へ約510キロの位置にあります。名前は一般に「死者の丘」と訳されますが、古代の都市名は分かっていません。世界遺産の公式表記は「Moenjodaro」ですが、異なる綴りは同じ遺跡を指します。

都市はインダス文明の中で栄え、その時期はおおむね紀元前2500~1500年とされています。街路の計画、専門的な建築、公共設備を備えた都市生活が、南アジアの後世の有名な帝国よりはるか以前から営まれていたことを遺構が伝えます。ただし規模の大きさだけで、統治者や記号の意味を断定することはできません。インダス文字はいまだ解読されず、政治や宗教の多くの点は研究者の議論が続いています。

ユネスコが示す遺産範囲は240ヘクタールで、1922年に始まった発掘で明らかになったのは全体の約3分の1です。見学できるのは、さらに広大な埋没都市の一部に過ぎません。発掘区域は大きく、西側の高台にある城塞地区と、東へ広がる下町に分かれます。紀元2世紀には古い遺構の上に仏教のストゥーパが建てられ、インダス都市の時代が終わった後も、この丘が別の歴史的意味を持っていたことが分かります。

街路、井戸、そして「大浴場」

下町では、道路が整然と配置され、多くが直角に交差しています。住宅や公共建築の多くは焼成レンガで造られ、井戸、排水溝、家庭の水利用や廃棄物処理に関係する浸透設備も設けられていました。これらの設備はすべての住民が同じ暮らしをした証拠ではありませんが、都市基盤に多くの労力が注がれたことを示します。道筋をたどれば、遺跡が孤立した建物の集まりではなく、暮らしのある地区だったと想像しやすくなります。

高台の城塞地区には、階段で入る精巧な水槽「大浴場」があります。防水構造や周囲の部屋とともに、遺跡を代表する建築の一つです。儀礼用、公共施設、その他の集団的用途など、機能について研究者の議論は続いています。「大浴場」という名称は形を表すもので、用途を決定づける説明ではありません。推測を確定した事実に変えず、分からない部分を含めて見ることが大切です。

印章、土偶、装身具、道具、生活用品は、工芸や交易、日常の営みを研究する手がかりです。一部は遺跡併設の博物館などに収蔵・展示され、現地の遺構からは建物同士の関係が分かります。「踊る少女」と呼ばれる小さな青銅像や、「神官王」と通称される滑石像は有名ですが、いずれも現代の呼び名であり、表された人物の正体や役割を証明するものではありません。

発見と、今も続く保存の課題

1920年代の発掘によってモヘンジョダロは国際的に知られ、インダス文明研究は大きく変わりました。遺跡は1980年にユネスコ世界遺産に登録されています。一方、地表に露出した古代のレンガ壁や基礎は、気象、上昇する水分、塩分の影響を受けます。ユネスコは塩害、熱による劣化、雨を繰り返し課題に挙げ、川沿いの低地における大規模な洪水も脅威としています。

2022年のモンスーンは遺産区域に深刻な被害をもたらし、緊急保存作業が進みました。2026年の世界遺産委員会決議は、国家が続けている対応を評価し、短期保存措置と状態評価の完了、劣化原因の追加調査、2025年の防災ワークショップを記録しています。同時に、脆弱な区域の保護、塩害対策、レンガと修復材の改善、排水設備の維持、統合管理計画の策定が引き続き課題です。保存は完了したのではなく、今も続く実務です。

この現状を知ると、遺跡の見え方が変わります。低い壁、露出したレンガ、立ち入りを防ぐ柵は、単なる古代の景観ではなく、保存担当者が安定化を試みる物的証拠です。ユネスコは監視調査が示した優先課題に取り組む新たなユネスコ/日本信託基金プロジェクトを歓迎しました。委員会は2027年12月1日までに保全状況の報告を更新するよう求めています。国際的な重要性と、維持に必要な地道な作業の両方が表れています。

責任ある見学のために

モヘンジョダロはラルカナ地区にあり、パキスタンの主要な国際玄関口から離れています。シンド州内の旅行計画に組み込む人が多く、陸路の移動時間、暑さ、現地交通を見込む必要があります。シンド州の古物・考古局の案内ページは、冬季の見学時間を午前9時から日没の30分前までと掲載しています。季節の告知や現地状況は変わるため、出発前に同局または現地事務所へ当日の時間を確認してください。日没基準は固定の閉館時刻ではありません。

シンド州政府の博物館ページには、季節を問わず午前8時30分~12時30分、午後2時30分~5時30分の分割時間が掲載されています。参考にはなりますが、現地で再確認したい情報です。今回確認できた来訪者案内では、入場料やすべての祝日休館を検証できませんでした。博物館は遺跡理解を深める手がかりになるので、当日の開館と、遺跡とは別の入場手続きが必要かを尋ねておくと安心です。

入場後は急がず、表示された通路を歩きましょう。まず城塞地区と下町を比べて全体の大きさをつかみ、街路、排水溝、井戸、レンガの積み方を観察します。建物に登ったり、遺物に触れたりしないでください。表面の侵食や塩害は現在進行中の課題です。日陰の少ない平地では、水、日よけ、歩きやすい靴を用意しましょう。技術の高さを感じられる一方、文字や社会の意味、歴史の一部は未解明です。その余白を尊重することも、見学の一部です。