について 周口店北京人遺址博物館
人類進化史を書き換えた場所
北京の南西、「竜骨山」と呼ばれる低い石灰岩丘陵の洞窟堆積層から、初期人類研究で最も重要な化石記録の一つが発見されました。周口店では、北京原人として知られるホモ・エレクトス・ペキネンシスの骨、10万点を超える石器、数十万年前の火の利用を示す資料が出土しています。ユネスコはアジアの人類進化研究と長期にわたる文化層を評価し、1987年に世界遺産へ登録しました。
「竜骨」の売買が導いた発見
周口店が注目されたきっかけは、化石を粉にして漢方薬に用いる「竜骨」の取引でした。スウェーデンの地質学者アンデションとオーストリアの古生物学者ツダンスキーが1920年代初頭に発掘を始め、1921年に歯の化石を発見します。1927年、カナダの解剖学者デイヴィッドソン・ブラックは新種の人類と考え、シナントロプス・ペキネンシスと命名しました。一つの歯に基づく主張は当初、国際的な懐疑を招きました。
1929年の頭蓋冠
1929年12月2日、中国の古生物学者裴文中がほぼ完全な頭蓋冠を発掘し、東アジアの古人類を示す決定的な証拠となりました。1930年代の集中的調査では40体を超える個体の骨、動物骨、石器が見つかりました。後にホモ・エレクトスに分類された北京原人は約50万~70万年前とされ、周口店は中期更新世のアジアにおける人類の存在と行動を伝える中核遺跡です。
火と道具、長い先史時代
遺跡には複数時期の生活層があります。北京原人層のほか、「新洞人」は約10万年前、山頂洞人は約1万8000年前の現生人類で、墓から三つの完全な頭蓋骨と象徴行動を示す装飾品が出土しました。合計で118種の動物化石と10万点以上の石器、さらに北京原人による火の管理の証拠と解釈されてきた灰層があります。火に関する見解は議論と修正を経ていますが、遺跡全体の連続性はアジア人類史研究の基礎です。
戦争の混乱で失われた化石
1941年、日本軍の進攻と米国との緊張のなか、研究者は原化石を国外へ移して保管しようとしました。SSプレジデント・ハリソン号で輸送する計画だったとされますが、太平洋戦争開戦時に船が攻撃され座礁し、化石の箱は混乱のなかで消えました。数十年の捜索でも確実には発見されていません。失踪前に作られた精密な模型、写真、計測記録が残り、その後の研究を可能にしました。
現在の周口店を訪ねる
現在は竜骨山の発掘洞窟と周口店遺跡博物館を見学できます。拡張して2014年に再開した館内は三階建てで、1600点を超える遺物と化石模型を展示し、1920年代以降の発見をたどります。北京中心部から南西約42キロにあり、東アジアの古人類研究で今も重要な基準地点です。
- 所在地:中国・北京市房山区周口店
- 主要年:1921年歯の発見、1929年裴文中が頭蓋冠発見、1941年原化石消失
- 年代:北京原人は約50万~70万年前、山頂洞人は約1万8000年前
- 見どころ:40体超の人骨、10万点超の石器、2014年再開の博物館
- 登録:1987年からユネスコ世界遺産
- 見学:竜骨山の洞窟と博物館、北京中心部から約42km