について 殷墟
中国史を書き換えたマラリアの薬
中国文字には3000年以上の記録史がありますが、その最古の確かな証拠は、正体が知られないまま長年薬局で売られていました。河南省安陽市近郊の殷墟は、殷王朝後期最後の都であり、東アジア最古の完成された文字体系と確認される甲骨文字の出土地です。ユネスコは2006年、同時代資料で実在が裏づけられる中国最古の王朝を示す考古遺跡であり、中国の王陵制度の源流でもあるとして世界遺産に登録しました。
処方箋から始まった再発見
近代の再発見は思いがけない病から始まりました。1899年、清朝の官僚・学者で国子監祭酒だった王懿栄は、マラリアにかかり漢方薬の「竜骨」を処方されました。広く伝わる話では、粉になる前の骨片に刻まれた見慣れない記号に気づき、劉鶚とともに古代文字ではないかと研究を始めます。薬商は産地を明かしませんでしたが、羅振玉が調査を重ね、1908年に安陽郊外の殷墟と呼ばれる畑へたどり着きました。そこが後世の文献で半ば伝説的に語られていた殷の都だと特定されたのです。
青銅器時代の都を発掘する
本格的な考古学調査は1928年に始まり、中断を挟みながらほぼ一世紀続いています。殷墟は王朝末期の最盛期、約紀元前1300~1046年の都でした。宮殿と王室の祖先祭祀施設は約71万5000平方メートルに広がり、80以上の建物基壇が確認されています。保護区域は414ヘクタール、緩衝地帯は720ヘクタール。13基の大型王墓と2000基を超える墓は、高度な行政、祭祀、工芸技術を備えた階層社会を伝えます。
骨に刻まれた古代の記録庫
殷墟最大の発見は文字記録です。殷の占い師は亀の腹甲や牛の肩甲骨に祖先や神々への問いを刻み、熱を加えて生じた亀裂から答えを読みました。YH127号坑だけでも1万7000点を超える文字入り甲骨が出土し、一つの文書庫に相当します。殷墟の甲骨文字は現在の漢字へ直接つながる、最古の成熟した中国文字資料群です。王名、軍事遠征、農業、宗教生活を同時代の言葉で伝え、後世の文献だけでは得られない歴史を明らかにしました。
女性武将・婦好の墓
王族墓のなかでも婦好墓は盗掘を免れ、完全な状態で見つかった点で際立ちます。武丁王の妃である婦好は、甲骨文字に数千人規模の兵を率いた指揮官としても記され、青銅器時代の中国女性として異例の役割を担いました。墓からは1928点の副葬品が出土し、青銅容器・武器468点、玉器・石器755点を含みます。殷代王族墓として最も豊かで保存状態がよく、冶金、戦争、宮廷生活を理解する基準資料です。
現在の殷墟を訪ねる
現在は安陽近郊の考古遺跡公園と博物館群として公開されています。宮殿基壇、王陵区の展示、約一世紀の発掘で見つかった青銅器、玉器、甲骨を収める展示室を見学できます。これまでに出土した甲骨片は約15万点にのぼり、発掘と文字の解読は今も続いています。
- 所在地:中国・河南省安陽市
- 年代:都は約紀元前1300~1046年、甲骨の特定は1899~1908年、発掘開始は1928年
- 規模:保護区域414ヘクタール、緩衝地帯720ヘクタール、宮殿・宗廟区71万5000m²
- 見どころ:甲骨文書庫、婦好墓、13基の王墓
- 登録:2006年からユネスコ世界遺産
- 見学:考古遺跡公園と博物館で青銅器、玉器、甲骨文字を展示