について ディヤルバクルの城壁
今も都市に息づく城壁
ディヤルバクル城塞は、市街地から切り離された遺跡ではなく、現在も人々が暮らす都市景観の一部だ。トルコ南東部ディヤルバクルの歴史地区スルを、黒い玄武岩の城壁が囲み、急斜面の下にはティグリス川と緑豊かなヘヴセル庭園が広がる。ユネスコ世界遺産には、城壁に加えて内城イチカレとアミダ古墳も含まれる。防御施設、旧市街、耕作地、川の環境が結びついてこそ、この文化的景観の全体像が見えてくる。
ユネスコは城壁の長さを5.8キロと記し、塔、門、控え壁、63の碑文を挙げている。「世界最古」「世界一高い」「万里の長城に次ぐ」といった旅行宣伝の最上級表現より、こうした具体的な記録の方が確かだ。城壁は長い年月にわたって修復・改変されてきた。価値を示すのは一つの王朝が全て築いたという物語ではなく、石積みや碑文に残る幾重もの歴史である。
この遺産は2015年、「ディヤルバクル城塞とヘヴセル庭園の文化的景観」として世界遺産に登録された。登録範囲は、城壁とイチカレを、かつて都市に水や食料を供給した庭園と結びつけている。アンゼレ水源と「十の目の橋」もユネスコの説明に含まれる。景観全体として見ると、見晴らしのよい場所、城壁の一区間、博物館がそれぞれ異なる歴史を伝える理由が分かる。
アミダ、イチカレと重なる歴史
内城は城壁に囲まれた地区の北東部にあり、アミダ古墳を含む。トルコの県文化当局はイチカレを歴史的な行政の中心と説明し、古墳では紀元前6千年紀から居住があったとしている。ただし、この年代を現存する城壁の建設時期と同一視してはいけない。城塞には複数の時代の痕跡が残り、現在の姿は長年の建築、修繕、再利用の積み重ねで形づくられた。
ユネスコの説明では、この地域の歴史はヘレニズム期から現代まで続き、ローマ、ササン朝、ビザンツ、イスラム、オスマン各時代の影響を含む。碑文や石積みの変化はその重層性を伝え、川沿いの庭園は都市と周囲の土地との結びつきを示す。イチカレの考古学博物館には、先史時代から後世まで地域で出土した品々が収蔵されており、屋外の城壁が伝える壮大な尺度を補ってくれる。
近年の出来事も遺産の現状に関わる。2025年、世界遺産委員会は2023年2月の地震後も城壁や記念建造物の修復が続けられ、内城で考古学調査が行われていることを評価した。また、保全と都市計画の課題を検討するため、現地調査を求めた。全ての区間が閉鎖されているという意味ではないが、工事に伴い通行範囲や保存措置が変わる可能性はある。
城壁と川辺の景観を読む
城壁を一周することにこだわらず、いくつかの区間を選んで市街地との接し方を観察したい。門や塔、石材の違い、壁と斜面の位置関係から、防御施設としての役割が読み取れる。現代の通りや住宅地に接する場所もあれば、ティグリス渓谷を見渡せる場所もある。城壁は人の暮らす地区にあるため、公開された展望地点があっても、全ての塔や立入制限区域に入れるわけではない。
高台から眺めるヘヴセル庭園は、旧市街とティグリス川をつなぐ緑の帯のようだ。その価値は景観だけではない。ユネスコは庭園が都市に食料と水を供給してきたと説明する。川、庭園、橋、城壁の関係こそが登録景観の中心である。季節や天候、見る場所によって眺めは変わり、斜面や考古学区域を守る規則、現地工事によって通行が制限される場合もある。
イチカレでは、博物館複合施設にも時間を取ろう。トルコ文化観光省の公式案内は、ディヤルバクル考古学博物館をイチカレ内のHz.スレイマン通り43番地に置き、先史、ローマ、ビザンツ、セルジューク、アク・コユンル、オスマン時代の収蔵品を紹介している。一方、テーマ展示室は一時休館中との告知もある。屋外の城壁が見学できる場合でも、展示や館内の開放状況は変わるため、訪問前に最新情報を確認したい。
無理のない訪問計画を
城塞と歴史地区はスルの街並みに溶け込んでおり、一括入場券のある囲い込み型の遺跡公園ではない。見たい場所を決めて歩く順序を考え、現地の案内、博物館職員、仮設の柵に従おう。文化観光省の博物館ページには、現在の考古学博物館の開館情報として8時30分開館、19時閉館、チケット窓口はそれより早く終了、月曜休館と掲載されている。季節により時間が異なる場合があるので、当日の予定は出発前に確認してほしい。
石畳や凹凸のある道に向いた靴を履き、地図アプリの所要時間より余裕を持たせよう。城壁は日差しや風を遮りにくく、旧市街の路地には日常の交通や暮らしがある。暑い日は水を携帯し、修復作業に近づかず、写真のために石壁へ登ったり柵を越えたりしないこと。ここは文化遺産であると同時に住民の生活空間でもある。地域への配慮が旅の一部になる。
ディヤルバクルでは、眺望、イチカレの博物館、川に面した景観を組み合わせて歩くとよい。魅力は、変化しないまま残った城塞を眺めることだけではなく、防御建築、居住地、庭園、水が互いをどう形づくったかを知ることにある。現在続く保全作業もその歴史の一部だ。出発直前に博物館と遺産管理者の公式情報を確認し、途中で立ち止まる時間も残しておこう。玄武岩の城壁からは、都市とティグリス川の関係がひときわよく見える。