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自由の女神像

自由の女神像の仏米共同建設、自由と移民の象徴を解説。2026年のフェリー、台座、王冠予約、階段、保安検査も紹介。

座標: 40.68914, -74.04444 更新日: 2024-02-07

について 自由の女神像

自由の女神像は正式名称を「世界を照らす自由」といい、米国ニューヨーク港のリバティ島に立つ巨大な新古典主義の銅像である。フランス国民から米国国民へ贈られ、フランス人彫刻家フレデリック・オーギュスト・バルトルディが設計、内部の金属骨組みをギュスターヴ・エッフェルが手がけた。1886年10月28日に除幕された。

ローマ神話の自由の女神リベルタスを長衣姿で表し、右手に松明、左手に「JULY IV MDCCLXXVI」と刻んだ銘板を持つ。これは米国独立宣言の日付、1776年7月4日をローマ数字で示す。前へ踏み出す足元には切れた足かせと鎖があり、奴隷制廃止後の自由の理念を象徴する。ニューヨーク港へ入る移民船から見える姿は、新移民を迎える米国の象徴にもなった。

構想を後押ししたのはフランスの法学者・政治家エドゥアール・ルネ・ド・ラブライエで、1865年頃、米国独立記念碑は仏米両国民の共同事業にふさわしいと提案した。普仏戦争で遅れた後、1875年にフランスが像、米国が敷地と台座を負担する計画が固まった。バルトルディは全体設計の完成前に頭部と松明を持つ腕を制作し、国際博覧会やニューヨークのマディソン・スクエアで展示して資金を募った。

米国側の台座建設は資金難に陥ったが、新聞人ジョーゼフ・ピュリツァーがニューヨーク・ワールド紙で募金運動を展開。12万人以上が寄付し、多くは1ドル未満だった。像はフランスで製作後、分解して木箱で海を渡り、当時ベドロー島と呼ばれた島の完成済み台座上で組み立てられた。完成時にはニューヨーク初の紙吹雪パレードと、グロバー・クリーブランド大統領による式典が行われた。

1933年以来、国立公園局が管理する。島へ上陸できるのは認定事業者Statue City Cruisesのフェリーで、一般券に自由の女神博物館とエリス島移民博物館が含まれる。台座と王冠内部は別予約制。台座上部までは215段でエレベーターもあるが、王冠へはさらに狭いらせん階段162段を上り、エレベーターはない。松明のバルコニーは1916年以来非公開である。

2026年の公園は通常毎日8時30分〜18時30分、像内部の最終入場は17時頃だが、実際の行程はフェリー時刻による。繁忙期は保安検査と乗船待ちが1時間を超えることがあり、券面時刻は検査列に入れる時間で、出航予約時刻ではない。王冠券は数か月前に売り切れることもある。必ず公式認定窓口で購入し、バッテリー周辺の非公式な高額勧誘に注意したい。