ポーランド南部オシフィエンチムに残るアウシュヴィッツ=ビルケナウ記念博物館は、ナチス・ドイツが占領下ポーランドに築いた最大の強制収容所・絶滅収容所群の跡地である。1940年から1945年まで、アウシュヴィッツ第一収容所、第二収容所ビルケナウ、第三収容所モノヴィッツと多数の支所が運営された。博物館の研究では約130万人が移送され、約110万人が殺害された。犠牲者の約100万人はユダヤ人で、ポーランド人、ロマとシンティ、ソ連軍捕虜なども含まれる。
当初は主にポーランド人政治犯を収容したが、やがて欧州ユダヤ人絶滅政策の中心的な場所となった。ビルケナウの線路や到着ホーム、ガス室・焼却炉跡、囚人棟、没収された所持品は、国家による大量殺害の仕組みを今に伝える。1945年1月、親衛隊はソ連軍の接近に伴って数万人を死の行進へ追い立て、証拠の破壊を図った。1月27日に解放された際、約7000人の生存者が残されていた。1947年に博物館が設立され、1979年にはユネスコ世界遺産に登録された。