について コンウィ城
コンウィ城―北ウェールズに築かれたエドワード1世の中世要塞
コンウィ城(ウェールズ語:Castell Conwy)は、北ウェールズのコンウィの町と河口を見下ろします。イングランド王エドワード1世がウェールズ征服の過程で建設させ、セント・ジョージのジェームズの指揮により、城と市壁の主要工事は1283年から1287年に行われました。費用は当時として巨額の約1万5000ポンドでした。
ウェールズの戦乱を生きた拠点
城は1294年から1295年の冬、マドッグ・アプ・ルウェリンの包囲に耐えました。1399年にはリチャード2世が一時的に避難し、1401年にはオワイン・グリンドゥール支持勢力が数か月占拠しました。河川と海に近い立地は、水路からの補給を可能にしました。
内戦、破却、そして観光地へ
1642年にイングランド内戦が始まると、城はチャールズ1世派が保持し、1646年に議会軍へ降伏しました。再び軍事利用されないよう部分的に破却され、1665年には鉄と鉛が撤去・売却されて廃墟となりました。18世紀末から19世紀には画家や旅行者を引きつけ、保存活動が始まりました。
八つの塔と王の居室
長方形の城は外郭と内郭に分かれ、八つの大塔と二つのバービカンを備えます。河岸へ下る裏門は水上補給に使われました。イギリス最古級の石造マシクレーションと、ウェールズで最も完全に残る中世王室居室群が見どころです。
連続資産としての世界遺産
コンウィはボーマリス、カーナーヴォン、ハーレフとともに、世界遺産「グウィネズのエドワード1世の城郭と市壁」を構成し、1986年に登録されました。現在はCadwが管理しています。塔の階段と城壁通路は急な箇所があるため、訪問前に最新の公開状況を確認すると安心です。