グルニアはクレタ島東部、ミラベロ湾近くの低い丘にあり、ミノア世界で最も明瞭な都市計画の一つを残す。舗装路、階段、密集住宅、工房、小規模な宮殿状中心施設から、エリートの祭祀施設だけでなく都市共同体を理解できる。Harriet Boyd Hawes が1901~1904年に発掘を指揮し、クレタ考古学と女性による大規模調査の歴史で重要な出来事となった。
集落は長期に発達し、中期青銅器時代から後期初頭に繁栄した。見える町の多くは紀元前15世紀半ば頃に破壊されたが、その後も活動が続いた。「ミノア」は青銅器時代クレタに対する現代考古学の用語で、住民自身の政治的アイデンティティと古代名は分かっていない。