エルツ城は、ヴィーアシェム近郊のエルツバッハ川を見下ろす岩場に建っています。モーゼル川とマイフェルトの間に広がる森林の丘が周囲を囲み、細い谷道を進むと城の建物が現れます。限られた岩場に合わせて増築されたため、外観は整然とした左右対称ではありません。家族の公式史によれば、最初の記録は1157年。ルドルフ・フォン・エルツが神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世バルバロッサの文書に証人として名を連ねました。城は一度に完成したのではなく、数世紀にわたって拡張され、中庭には異なる時代の建物と家族の住居が集まっています。
1268年、ルドルフの子孫は城と領地を三つの家系に分け、その後も共同相続人として同じ城で暮らしました。Ganerbenと呼ばれる共同体の仕組みは建築にも影響し、限られた空間に複数の館や塔が建てられました。共同生活と維持管理は正式な契約で定められていました。その結果、対称的な宮殿ではなく、塔、木組みの外壁、屋根が密集する独特の景観が生まれました。ここで見られるのは要塞だけでなく、各家系が必要に応じて部屋を増やした複雑な家族生活の記録でもあります。