について コパン遺跡
コパン遺跡:マヤ文明南東部の政治と彫刻の中心
コパンは、グアテマラ国境に近いホンジュラス西部の肥沃な山間盆地にあるマヤ文明の遺跡である。標高約600メートルの水に恵まれた谷で発展し、古典期の5世紀から9世紀にかけて、マヤ世界南東部を代表する王国の政治、宗教、文化の中心となった。
コパン盆地における人の活動は紀元前1500年頃までさかのぼる。西暦427年、ティカル方面から来たヤシュ・クック・モが王朝を開き、その後16代の王が都市を拡張した。神殿、広場、球戯場、祭壇、石碑は、天文学、数学、碑文学と彫刻における古典期マヤの高度な成果を示している。
神聖文字の階段と王朝の記録
遺跡の中心はアクロポリスと複数の大広場で構成される。なかでも神聖文字の階段には1,800字を超えるマヤ文字が刻まれ、マヤ地域で知られる最長級の碑文として王朝史を伝える。大広場の石碑と祭壇は、王を精緻な立体表現で刻んだコパン独自の彫刻様式で知られる。
738年、王ワシャクラフン・ウバーフ・カウィール(18ウサギ)は、かつての従属国キリグアの王カック・ティリウ・チャン・ヨパートに捕らえられ、処刑された。この敗北は王国に深刻な打撃を与えたが、その後も建築活動は再開された。人口は8世紀から9世紀に減少し、都市は10世紀初頭までに放棄された。
世界遺産としての見学
コパンは1980年にユネスコ世界遺産へ登録された。遺跡公園では大広場、球戯場、神聖文字の階段、アクロポリスを中心に見学する。河川侵食、地震、微生物、周辺開発は保存上の課題であり、指定路から外れたり石彫に触れたりしてはならない。
- 所在地:ホンジュラス西部コパン県
- 最盛期:古典期、西暦300~900年頃
- 世界遺産:1980年登録
- 見どころ:神聖文字の階段、大広場、石碑、球戯場、アクロポリス
- 確認:開園時間、料金、ガイド、交通はホンジュラス考古歴史研究所の最新案内を参照