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サーマッラー

イラクのサーマッラーを解説。ティグリス河畔の都市、アッバース朝古都、世界遺産の価値、人口統計の年代、近現代史を紹介。

座標: 34.192352, 43.875618 更新日: 2023-11-05

について サーマッラー

サーマッラー:ティグリス河畔に残るアッバース朝の都

サーマッラーは、イラクのサラーフッディーン県、ティグリス川東岸に位置し、バグダッドの北にある。英語原文は首都から125キロ、約78マイルとしているが、ユネスコの現行遺産説明は約130キロと記す。これは概算方法の違いであり、別の場所を指すものではない。

原文には2003年推計人口34万8,700人も載る。年が明記された歴史資料であり、現在人口として扱えない。戦争、避難、行政統計の変化を経た現在値が必要な場合は、新しいイラク公的統計を参照する必要がある。

アッバース朝カリフ国の首都

中世のサーマッラーはアッバース朝カリフ国の首都だった。ユネスコは古都の主要年代を西暦836~892年としている。この時期に形成された都市計画、宗教建築、宮殿、装飾、陶芸技術は、イスラム世界の他地域へ大きな影響を与えた。

サーマッラーの特別な価値は、当初の配置、建築、芸術遺産を読み取れるアッバース朝のイスラム首都が残る点にある。同時代のバグダッド遺構の多くが失われたため、カリフ国最盛期の都市規模と権力表現を知る重要な物証となっている。

世界遺産としての価値

2007年、ユネスコはサーマッラー考古都市を世界遺産に登録した。遺跡はティグリス川両岸に広がり、大モスクと螺旋状のアル=マルウィヤ・ミナレット、アブー・ドゥラフ・モスク、宮殿群などを含む。

原文の「当初の都市計画を保つ」という表現は、現代市街が中世の姿のままだという意味ではない。広大な考古区域から、アッバース朝首都の構造を把握できるということである。ユネスコによれば約80%が未発掘で、研究の可能性と保護の長期性を物語る。

近現代の背景

2006~2007年にイラクで宗派間暴力が激化した際、サーマッラーは当時「スンニ・トライアングル」と呼ばれた紛争地域に位置した。この呼称は特定時期の政治・治安状況に属し、年代を離れて町の唯一の性格として用いるべきではない。

サーマッラーは、住民が暮らす現代都市であると同時に、巨大な考古景観でもある。螺旋塔だけを孤立した名所として見るのではなく、アッバース朝史、現代住民の経験、文化財保護を併せて理解することが重要である。