松本城:市民が守り続けた黒い天守を歩く
堀の向こうに、長野の山々を背景にした松本城の白と黒が浮かび上がる。黒い壁と重なる屋根は印象的だが、近づくと、異なる時代に異なる目的で建てられた建物がつながる複合体だと分かる。いまの姿を残した背景には、築城した人々だけでなく、幾世代もの市民の努力がある。
松本城は現存する木造天守であり、近代の鉄筋コンクリートによる再建ではない。市は、外観五重・内部六階の現存天守として最古と案内している。国宝指定の対象は大天守、乾小天守、渡櫓、辰巳附櫓、月見櫓の五棟。入城前に堀の周りを歩き、屋根と石垣のつながりを眺めたい。
戦国の城から松本へ
この場所には戦国時代の深志城があった。現在の長野県におおむねあたる信濃の支配をめぐり、城はさまざまな勢力の手を渡る。16世紀末には石川数正と康長が城と城下町の整備に関わった。
大天守の築造年代は現在も研究が続く。松本市の公式見解は、大天守、乾小天守、渡櫓が1593〜1594年ごろに造られた可能性が非常に高いとする一方、確定的な同時代史料はないと明記する。裏付けのある推定として受け止めたい。
古い建物は、戦いの可能性が現実にあった時代のものだ。高い石垣、壁の開口部、連結する櫓は防御の構造として理解できる。城は藩の中心でもあり、武士、商人、職人が暮らす城下町と結びついていた。
月を眺めるための櫓
後の増築は異なる時代を映す。1630年代ごろ、松平直政の時代に辰巳附櫓と月見櫓が加えられた。外へ開いた月見櫓と朱塗りの欄干は、防御を重視した黒く閉じた天守と対照的だ。
内部では木の梁や床、狭い階段を通して古い建物の動線を体験できる。管理事務所によれば天守内の移動は階段のみで、急な箇所もある。靴を脱いで入り、安全のため階段付近では撮影が制限される。
外から見える五重の屋根と、内部の六階を比べてみよう。上階から堀や庭園、町を見渡すと城の位置関係も理解しやすい。
市民が守った天守
藩の時代が終わると別の危機が訪れる。1872年には天守などが払い下げとなり、多くの城が取り壊された。公式の歴史は、市川量造ら地元の人々が保存に尽力したことを伝えている。
その後も建物の維持は続いた。老朽化が進んだ1901年、小林有也らが保存会を組織し、市民の支援を受けた修理が1913年に完了した。1950年代にも保存工事が行われた。一部の門などは後年の復元であり、現存する歴史的な天守とは区別したい。
現在も市民は清掃や床磨き、案内などに関わる。天守の姿は、地域が繰り返し保存を選んできた結果でもある。
天守の外にも目を向ける
堀の周りを歩くと、見る位置ごとに屋根の重なりが変わり、水際の石垣もよく見える。桜や冬の光など四季に表情があるが、開花時期は天候によって変動するため、訪問前に地元の情報を確認しよう。
城内では黒門、太鼓門、かつての御殿跡にも注目したい。松本の街並みや博物館を合わせて訪れると城下町の背景が見えてくる。それぞれの開館日は別途確認が必要だ。
訪問の準備
管理事務所が案内する通常の開場時間は8時30分から17時、最終入場は16時30分。年末の休場日や特別な時間帯がある。現在の案内では大人の電子チケットは1,200円、当日紙チケットは1,300円で、子ども料金や共通券もある。電子チケットは購入後に変更・キャンセルできない。予約前に公式の観覧案内で最新情報を確認したい。
天守内の平均所要時間は45〜60分で、庭園や混雑時の待ち時間は含まない。急な階段が同行者に適しているか検討し、公式アクセス案内も参照しよう。堀に映る姿に加え、その天守を守った人々の物語が旅の記憶に残る。