アブリトゥス考古保護区はブルガリア北東部、ラズグラトの約2キロ東にあり、先行するトラキア人の集落跡に建てられたローマ都市の遺構を保存しています。ラズグラト地域歴史博物館は、ローマ都市の成立を紀元1世紀後半とし、下モエシア属州の重要な中心地の一つだったと説明しています。ここはオデッソス、マルキアノポリス、ニコポリス・アド・イストルム、セクサギンタ・プリスタなどの古代都市を結ぶ道路の近くにありました。写真映えする石壁を見るだけでなく、下ドナウ地域の道路、行政、軍の移動に地方都市がどう関わったかを考える手がかりになります。
アブリトゥスは、251年の夏に近隣で起きた戦闘と深く結びついています。博物館の説明によると、ローマ軍はゴート族に大敗し、皇帝トラヤヌス・デキウスと共同皇帝で長男でもあったヘレンニウス・エトルスクスが戦死しました。この出来事はアブリトゥスをローマ帝国全体の歴史に位置づけますが、戦闘は都市の近くで起きたもので、現在の遺跡内で見学できる再現劇ではありません。今日の遺構が伝えるのは、都市の拡大、防御、宗教生活、破壊、再利用が何世紀にもわたって続いた歴史です。