アブリトゥス考古保護区は、ブルガリア北東部ラズグラトの東約2キロにあります。ローマ都市は1世紀末、トラキア人集落の跡に成立し、オデッソス、マルキアノポリス、ニコポリス・アド・イストルム、セクサギンタ・プリスタを結ぶ街道の要衝として発展しました。近郊では251年、ローマ皇帝デキウスと共同皇帝だった息子ヘレンニウス・エトルスクスがゴート軍との戦いで命を落としました。
4世紀初頭、コンスタンティヌス1世の時代に約15ヘクタールを囲む城壁が築かれ、4門と35基の塔が設けられました。第二モエシア属州の軍事・行政・宗教拠点となりましたが、ゴートやフンの攻撃を受け、586年にアヴァール人によって破壊されました。9世紀末から11世紀には、遺構上にブルガリアの要塞が置かれています。