ポツダム広場やチェックポイント・チャーリーに近いニーダーキルヒナー通りには、ベルリンの壁の長い一部分が元の場所に保存されています。独立した記念碑のように見えますが、実際には「テロのトポグラフィー」ドキュメンテーションセンターの敷地の一部です。センターの公式な歴史解説によると、この遺構は約200メートルあり、かつて東ベルリンのミッテ地区と西ベルリンのクロイツベルク地区を隔てていました。地図上のニーダーキルヒナー通り1番地は壁の位置を示し、センター本館は8番地にあります。
この区間は、1961年から1989年の開放までベルリン市内を分断していた国境施設の一部でした。ベルリン州の文化財保護当局は、1970年代に導入された「Grenzmauer 75」、すなわち第75型国境壁と説明しています。国境は一枚の壁だけでできていたわけではなく、複数の壁や立ち入りを制限する区域が組み合わされていました。ここに残るのは外壁で、かつて要塞化された境界を構成していた位置に立っています。移設された一片を博物館で見るのとは異なり、元の街路に立つことで、分断の規模と実際の存在感をつかみやすくなります。