ザンクト・ガレン修道院の始まりは壮大な建築群ではなく、シュタインナハ川の谷にあった隠修所でした。公式の遺産地区案内は、アイルランド出身の宣教師ガルスがこの地に退いた612年を起源としています。およそ1世紀後、その庵の周囲に集まった共同体はオトマール院長のもとで修道院へと発展し、747年には聖ベネディクトゥスの戒律を採用しました。今日目にするのはバロック様式の広場ですが、機関は小さな宗教共同体から徐々に成長し、長い文書記録を残してきました。
修道院の文化的な影響力は、816年から837年まで在任したゴツベルト院長の時代に高まりました。820年ごろ、ライヒェナウ修道院の院長からベネディクト会修道院の理想的な設計図が贈られ、ゴツベルトはそれをザンクト・ガレンの事情に合わせて取り入れたと、公式案内は説明します。図書館に伝わる羊皮紙の図面は、ユネスコによれば同時代の建築計画図として唯一現存するものです。現在の建物を描いた地図ではなく、中世の人々が修道院の機能をどう構想したかを示す貴重な記録です。