シントラの歴史地区にある国立宮殿は、厨房の上にそびえる二本の巨大な円すい形煙突で知られる。地元ではパソ・ダ・ヴィラ、町の宮殿とも呼ばれる。単一の時代に完成した記念建築ではない。何世紀にもわたり、ポルトガルの君主たちが王宮群を改築・増築し、ゴシック、マヌエル様式、ムデハル様式の要素が重なり合った。外観のシルエットだけでなく、宮廷生活、美術の好み、政治権力が変化した記録として見ると、その魅力が深まる。
初期の歴史には、まだ分からない点もある。管理団体Parques de Sintraによると、10世紀のアラブ人地理学者アル=バクリーはシントラの宮殿に言及したが、現在の建物の下にムスリム総督の居所があった可能性を示す遺構は、まだ確認されていない。Chão da Olivaに宮殿が存在したことを裏づける最初の文書は1281年のもの。ディニス王はコラレスの自由ムスリムと、税負担を軽くする代わりに宮殿を保全する契約を結んだ。古い記録と発掘で確認された証拠を区別すれば、未発見の部分を確定した事実のように書かずに済む。