フォルム・ロマヌムは、ひとまとまりの廃墟というより、長い時間をかけて姿を変えた場所として見ると分かりやすい。コロッセオ考古学公園によれば、この谷はかつて湿地で、紀元前7世紀末に干拓が始まってから形づくられ、千年以上にわたり公共生活の中心であり続けた。考古学的な層には、都市が市民の中心を何度も作り直した歴史が刻まれている。
共和政期から帝政期にかけて、フォルムでは政治、宗教、商業、司法の活動が行われた。単なる広場ではなく、神殿、バシリカ、行政施設、記念建造物、集会場所が、人々や役人の通る道に沿って集まっていた。公園の歴史紹介は、新しい需要や統治者による建設の積み重ねを伝える。変化する市民の中心として見ることで、基礎や柱、断片が互いにどう関係するかが分かる。