カゼルタでは王宮の正面や噴水に目を奪われ、水道橋を見落としやすい。この18世紀の水利施設は大部分が地下を通るが、王領を支える重要な設備だった。宮殿、王立公園の滝、沿線の生産施設へ水を送り、イタリア語ではアックエドット・カロリーノと呼ばれる。カゼルタの建築とサン・レウチョの絹織物施設を結び、ブルボン家による広範なインフラ整備も伝えている。
カルロ・ディ・ボルボーネは建築家ルイージ・ヴァンヴィテッリに、新しいカゼルタ王宮と計画中の庭園へ水を届ける仕組みを依頼した。建設は1753年に始まった。王宮の公式説明によると、全長は約38キロで、水源はタブルノ山の麓、ブッチャーノとアイローラの領域にあるフィッツォの泉。標高約243メートルの水源から王立公園へ水を送り、滝から一連の池や噴水へ流した。