フォンテーヌブローでは、ヴェルサイユの壮大な軸線とは異なるフランス王権の姿に出会える。パリの南東、庭園、園地、森が広がる環境に宮殿が建ち、単一の建築計画ではなく、歴代の君主が手を加えた部屋に長い歴史が刻まれている。12世紀からフランス王が利用し、16世紀にはフランソワ1世が中世の狩猟用の館を大改造した。イタリア人の芸術家や建築家を招き、「新しいローマ」を築こうとした。ユネスコはヨーロッパ美術への影響とフランス史における役割を評価し、1981年に宮殿と公園を世界遺産に登録した。
建設は1528年に始まったが、建物群はその後何世紀にもわたって拡大し、姿を変えた。ユネスコは不規則に配置された五つの中庭と、それを囲む建物群を記録している。この構成を知ると、フォンテーヌブローが一つの正面と似通った部屋の連続ではなく、異なる時代が重なる住まいであることが分かる。フランソワ1世はルネサンスの設計やイタリアの芸術実践をフランスの伝統と結び付けた。後世のアンリ4世、ルイ13世、ルイ15世も、室内や庭園にそれぞれの時代を刻んでいる。