エステンセ城は、堀、跳ね橋、四つの塔を備え、フェラーラ旧市街の中心に立っています。サン・ミケーレ城とも呼ばれ、1385年の民衆反乱後、ニッコロ2世・デステがバルトリーノ・ダ・ノヴァーラに建設を命じました。既存の獅子の塔を取り込んだ軍事要塞として始まり、やがてエステ家の宮廷へと変化しました。
15~16世紀には広間、居室、庭園が整えられ、防御施設はルネサンス宮殿となりました。見学路では公爵の厨房、牢獄、装飾された部屋を巡り、イタリア有数の宮廷の政治と文化を学べます。1598年、アルフォンソ2世が教会に認められた嫡子を残さず死去すると、エステ家はフェラーラを離れ、拠点をモデナへ移しました。