カヤキョイはフェティエ南8キロにある、屋根を失った石造家屋、教会、礼拝堂、学校、路地の保護集落。見える村は主にオスマン末期のギリシャ正教徒住民が築いた。公式文化ポータルは古代Karmylassosとの関係を挙げる一方、紀元前4世紀より古い出土品は未確認とする。 遺構景観は1923年にギリシャとトルコが合意した強制住民交換と不可分。正教徒はギリシャへ、ギリシャのムスリムはトルコへ移された。空家は超自然の「幽霊村」でなく強制移動の証拠だ。