タワーブリッジはロンドン橋と混同されることがあるが、二つの橋は歴史も構造も異なる。ロンドン塔のそばに建つこの橋は、船の通過時に持ち上がる中央の跳開部と、両岸へ延びる吊り橋部分を組み合わせている。現役の交通インフラであると同時に、有料の見学施設でもある。この違いを知ると訪問の意味が深まる。橋は道路と河川交通を支え続け、塔、高架歩道、旧機関室では、港を塞がずに拡大する都市をつないだビクトリア朝ロンドンの工夫をたどれる。
19世紀後半、イーストエンドの交通量は増えていたが、下流に固定橋を建てるとロンドン・プールの埠頭を利用する船の妨げになるおそれがあった。市民はロンドン塔の東側に新しい渡河手段を求めて請願した。1876年、ロンドン市は委員会に橋かトンネルの可能性を検討させた。50以上の案が提出され、建築家で市の測量技師でもあったホレス・ジョーンズと土木技師ジョン・ウルフ・バリーが跳開橋を提案した。中央の道路を持ち上げて船を通し、高架歩道で歩行者は橋が上がっている間も渡れる設計だった。