薬師寺の始まりは、皇室の一つの危機と結びついています。680年、天武天皇は皇后の病気平癒を願い、寺を造り、薬師如来像を造立することを発願しました。その皇后は後に持統天皇となります。寺の公式年表によると、本尊の開眼供養は697年で、寺が飛鳥から新都・平城京へ移るより前のことでした。創建の由来は健康を願う祈りに結びついていますが、現在目にする境内には、何世紀にもわたる信仰、火災、再建の歴史も重なっています。
薬師寺は奈良の都を代表する官寺の一つとなりました。伽藍配置や仏像は、朝廷の支援を示すだけではありません。薬師三尊を中心に、礼拝、学び、儀礼が行われる場所でもありました。薬師如来の脇には、日光菩薩と月光菩薩が立ち、太陽と月に結びつく存在として信仰されています。この三尊が金堂の精神的な中心となり、堂と塔の左右対称の配置が、計画された聖地としての境内を形づくります。